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長崎地方裁判所 昭和30年(人)1号 判決 1955年6月15日

請求者 成永謨

右代理人 上田誠吉

被拘束者 成町子

右代理人 小山清彦

拘束者

大村入国者収容所長 笠島角次郎

右指定代理人

大村入国者収容所入国審査官 田中千年

同右

大村入国者収容所入国警備官 横山英太郎

右拘束者代理人 古賀野茂見

右当事者間の昭和三十年(人)第一号人身保護請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被拘束者成町子を釈放し、請求者成永謨に監護させる。

本件手続費用は拘束者の負担とする。

理由

第一、被拘束者が昭和三十年五月二十一日東京入国管理事務所入国警備官根本某を被告として、本件収容処分取消請求行政訴訟を東京地方裁判所に提起している事実は当事者間に争がない。拘束者代理人は既に右行政訴訟が裁判所に繋属しているから、本件請求は人身保護規則第四条但書所定の要件を欠き失当である旨主張するので此の点を考えてみる。同条但書には「但し他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときは、その方法によつて相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白でなければこれをすることができない」と規定してある。被拘束者が右行政訴訟に於て勝訴の確定判決を得れば本件拘束より救済され直接その目的が達せられるであろうから、一応適当な救済方法と言うことができるが併し、右訴訟が提起されて未だ一ヶ月を出ないのであるから、その判決確定に至るまでは尚相当長期間に亙る日数を要することは一般行政訴訟の審理の実情に鑑み容易に推測されるところであり、又行政事件訴訟特例法第十条第二項本文所定の本件収容処分の執行停止されることがあつても、それは判決確定までの暫定的な処分にすぎず、而も本件につき右停止決定が未だ発付されていない事は弁論の全趣旨によつて認められるところである。そうだとすると仮に終局的には右行政訴訟によつて本件救済の目的を達することが出来るとしても、前記の如く右行政訴訟によつては人身保護法による救済を得らるべき期間と比照して相当の期間内に救済の目的を達することが出来ないことは明白であるから、本件請求は適法であり、此の点に関する拘束者代理人の主張は理由がない。

第二、請求者代理人は本件収容は拘束者が何等の権限なしに行つているものであるか、又はその拘束が法定の手続に著しく反していることが顕著な場合であると主張するので、以下此の点について判断する。

(一)  件外金孟児が朝鮮人で、昭和二十五年五月頃本邦に入国し昭和二十六年九月二十二日被拘束者を出産したこと、昭和三十年一月十八日右金孟児が不法入国容疑により東京入国管理事務所係官の取調を受けて収容され、数日後には被拘束者も収容されたが、同年二月四日右母子両名共仮放免によつて一旦釈放されたこと、同年三月十五日東京入国管理事務所主任審査官小黒俊太郎が金孟児に対して本件令書を発布し、本件令書に基いて同年四月二十日金孟児が本国送還のため収容されたこと、同月二十五日被拘束者が収容され、右両名共大村入国者収容所に護送され、現に配船準備を待つため同収容所に収容拘束されていることは当事者間に争ない。(但し前記出産の日については証人金孟児の訊問の結果により疏明される。)

(二)  請求者代理人は被拘束者が自己に対する退去強制令書なくして収容されている旨主張するのでこの点について判断する。

本件令書につき、金孟児については出入国管理令第五十一条所定の要件が記載されているが、被拘束者については金孟児の随伴者としてその続柄、氏名、生年月日及び年令が記載されていて、被拘束者の退去強制理由の記載が欠けていることは当事者間に争がない処である。

そこで思うに被拘束者が如何に幼少であるからと言つてその母親とは別個独立の人格であるから、被拘束者に対して退去強制処分をなすべき事由あるときと言えども、母親たる金孟児のそれとは本来別個になさるべきものであることは論をまたない。ただ幼少であるがための特殊事情から母親との手続と併括してその手続を進めることは必しも違法ではないし、その場合においても両名に対し格別の退去強制令書を発布することなく一通の退去強制令書を発布することも許されると解する。

而して成立に争のない疏乙第二十号証(随伴者として取扱つてよい者の範囲についての通達)及び疏乙第十二号証(裁決書)を綜合すれば、本件令書に「随伴者」として被拘束者の氏名等が記載されているのは前述のように金孟児及び被拘束者の両名の手続を併括したものとして取扱い、本件令書により退去強制を受くべき者の表示として記載されているものと一応認められる。従つてその効力は別として本件令書は金孟児と被拘束者両名に宛て発布されたものと言うべきである。

(三)  併し乍ら出入国管理令所定の退去強制処分は退去強制令書を発布することによつて行わるべき行政処分であつて、審査、口頭審理、異議申立における認定、判定或は裁定等の手続はすべて右令書発布の前提手続にすぎないものと解すべく、同令第五十一条所定の右令書の要件はこれを厳格に解さねばならない。してみれば同条所定の要件中退去強制理由の記載は右令書につき極めて重要な要件であり、これが記載を欠く退去強制令書の発布による強制処分は同条所定の方式に著しく違反する処分にして無効と解すべきである。

この点につき拘束者代理人は右記載が欠如していても、被拘束者は本件令書並びに該令書発布に至るまでの手続において一貫して随伴者として表示され、且つ東京入国管理事務所入国警備官福留洋作成に係る違反調査書並に本件令書発布の前提である法務大臣の裁定書には被拘束者が出入国管理令第二十四条第七号に該当するものであることが明らかにせられているから、本件令書に退去強制の理由の記載を遺脱したからとて被拘束者に対する本件令書の効力に影響はないと主張するが、併し拘束者代理人主張の手続において退去強制理由が明らかにされているとしても、これらは退去強制処分の前提手続にすぎないことは前段説示のとおりであるから、これによつて退去強制処分の瑕疵を補正することはできないと解するので右主張は採用できない。

してみれば、被拘束者について退去強制の理由の記載を遺脱した本件令書による退去強制処分は前述の如く、出入国管理令第五十一条の定める方式に著しく違反し被拘束者に対しては無効であつて、被拘束者は法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されていることに帰し、請求者代理人の其の余の主張について判断するまでもなく、本件請求は理由がある。

故に被拘束者はこれを直ちに釈放すべく、尚被拘束者は満三歳の幼児である処、母親の金孟児も請求者において被拘束者を監護することを希望し、又請求者本人もこれを熱望していることは右本人並びに証人金孟児の各訊問の結果により疏明され、更に当審間の全趣旨によれば被拘束者も請求者を慕つていると一応認められるので、被拘束者はこれを請求者に監護させるのを相当と認め、よつて本件費用の負担につき人身保護法第十七条、民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 林善助 裁判官 新関雅夫 重富純和)

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